奇跡の駆逐艦と言われた雪風の生涯を紹介しています。

前編はこちら→「駆逐艦雪風の太平洋戦争


雪風の戦後

戦争が終わり、武装は解除されましたが、
まだまだ雪風の勤めはつづきます。


各地で戦っていた軍人たちの引揚に従事するため、
まさに東奔西走。東へ西へ。

雪風により復員輸送された人員は、1万3000人以上にものぼります。

そして
復員輸送を終えた雪風は、「特別保管艦」に指定され、
連合国側へ賠償引渡しのために、最後の整備がおこなわれました。


帝国海軍の名誉と誇りを失わないよう、各自が真剣に整備にとりくんだ結果、
特別保管艦のモデルシップに選ばれたのです。

各国海軍武官の視察点検をうけた雪風は、
「敗戦国の軍艦でかくも見事に整備された艦を見たことがない!」
と言わしめるほど完璧な整備がほどこされていました。


そして1947年、アメリカ・イギリス・ソ連・中国の4カ国で抽選された結果、
雪風は中国に引き渡されることになりました。


雪風のマストに中国の国旗が掲揚される間、
乗組員たちは挙手の礼でこれを見つめていました。
その眼には涙があふれていたそうです。


こうして、帝国海軍としての雪風の生涯は終わりました。


中国籍となった雪風は、丹陽(たんやん)と命名され、
駆逐艦でありながら、なんと中華民国艦隊旗艦としてむかえられたのです。




時はながれ、1966年。

「帝国海軍の最後の1隻となった雪風を永久に保存したい!」
という返還保存の運動が日本でおこりました。

国会議員の支援と協力もあり、その悲願が現実になろうとしたとき、
「雪風は1969年の夏、台風による艦底破損のため沈没。その後、台湾にてスクラップにした」との報がもたらされたのです。


こうして、保存実現はかなわず、30年あまりを生きた、駆逐艦雪風はその生涯をおえたのでした。

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