空母信濃艦長・阿部俊雄大佐

空母信濃の最初で最後の艦長となった、阿部俊雄大佐。


彼が信濃の艤装委員長としての辞令を受けたのは、
軽巡大淀の艦長をしていたときでした。


この辞令の2ヶ月前、マリアナ沖海戦において、
空母大鳳・翔鶴・飛鷹が相次いで破壊沈没。


いっこくもはやく新たな空母を必要としたために、
信濃の竣工期日は4ヶ月もくりあげられることに決定しました。


そのため、阿部大佐や艤装員が信濃に着任してから完成まで、
わずか3ヶ月という期日しかありませんでした。


普通、乗組員が艦を熟知するには1年ぐらいかかるもので、
信濃のような巨大な艦ともなれば、それ以上の期間が必要とされていました。

しかし、なりふりかまっていられないほどに追いつめられていた日本海軍は、
空母信濃の完成を急ぐあまり、まだ乗組員が艦に慣れていないにも関わらず、
11月19日、連合艦隊の艦籍に入れるべく、予定どおり信濃の引渡し式をおこないました。


艤装委員長の阿部大佐が艦長として就任しましたが、
このときまだ信濃は完成しておらず、艤装工事は続けられていました。

「おれに未完成の艦を受け取れというのか・・」
阿部大佐は怒りにふるえたといいます。




seyamato at 13:18│Comments(0)空母信濃 
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